小さな居場所

を見つけて、みんなとても自由に、快適そうに振舞っている。
たった1年だけども異邦者として、東京の人々の特殊なスケール感やリテラシーの成熟度に感心、
空間もそれにとても応えている。
本を読んでいる人も、お茶している人も、働いている人も誇らしげ。
代官山よりさらに窓辺にその振舞いは集められ、
外に出ればそれぞれがパッケージ化されているよう。


これが新しい居場所の在り方なのかと思案したものの、というよりは、
あるリテラシーに特化した限定的な主体のための専門的な空間=これもひとつのコンテンツスペースとして読み解くとすると、
感じた少しの疎外感が腑に落ちた。


東京はコンテンツに満ちあふれている。
各々の自由度を上げていくことが、本当にパブリックを勝ち得るか。
来年はそうした視点で東京と建築に目を向けたいと思います。